パース通信広瀬寿武小説集                                                   
作品 四 ショートショート 無知と無関心

  恋は盲目と言うが熱情の最中、お互いの慕情だけが煮えたぎり「嫌」な部
分は見えない、しいて言えば見たくないと思う方が正確かもしれない.
だが結婚生活の経過と共に肉体に出来た皺よりも深い、汚れた垢の溜まった
襞を意識する頃になると、恋の魔性を恨めしく思うが時すでに遅い.

 彼の妻は常識の範囲を決して飛び出さない、常識と言う鎧で我と我が身を
覆い包み、その為の努力も惜しまない.その上それを美徳と自負してはばか
らない.
 彼はそれなりに男社会を乗り越え汚れも掻い潜り、色香の粋も十分過ぎる
ほど味わっている.
いつしか日常の些細な事にも思いが重ならなくなり、互いを思い遣る気持ち
が薄くなる.

 気心の知れた女が寄り集まる昼食の一時.
「聞いてよ、昨夜、家の主人ったら「を」はロ−マ字では「WO」って書く
のだろうって聞くのよ.そんな事も知らないのよ、無知さには呆れたわ」
無知さ加減を強調する彼の妻.
「ご主人て、ホ−ムペ−ジを開いているよね.色々な話題や情報を小まめに
書いているのを、家の主人が面白いって言っているわ.あれって、ワ−ドは
ロ−マ字変換でしょう.「を」なんて一杯使われているんじゃないの!」
「家にもコンピュ−タ−のワ−ドで書かれたファックスが来るけど、普通に
(を)が有るわよ」
「あなた、ご主人の書いた物を読んだことが有るの?」
「ないわよ、そんなもの.どうせ下らないことを書いているんでしょうから」
手首を振り苦々しく言う妻.
「どうして!一度読んでみたら!主人に言われて私も見たけど、なかなかな
ものよ.感心したわ」

 彼は妻が今日、女仲間と会うことを知っている.
「を」のことは「あら、そんなことも知らないの!」と昨夜小馬鹿にした妻
が彼のことを話題にするだろうと予測してのこと.


    
パース通信