パース通信広瀬寿武小説集
エッセイ集       其の五 高齢化の数値 広瀬寿武                                   
この言葉を書きながら、あまり良い気分ではないのだから、読む人にとっても、特にこの境涯に足を踏み入れた人にとっては「またか」と目を背けたくなる。
天邪鬼な私は「いったい、何歳以上が高齢なのだ。俺はまだ70歳だよ」と言ってはみるが、「65歳以上の高齢者は過去最高となり、云々」の文面をほぼ、毎日目にしていると、その威圧的な説得力に負けてしまう。
PCで検索すると、日本の総人口に占める高齢者の割合は二割を超えて、毎年増加の見通しである。また、国連によれば現在6億人と推定される60歳以上の高齢者は、2050年までに20億人近くに達すると予測されている。
地球上の推定人口の大凡、三分の一?これは大変な事だ!
このオーストラリアでも!そして、私の所属する日本クラブでも高齢化と言うより、高齢でない人の数の方が遥かに少なく、大げさに言うと「両手の指で間に合うのでは?」
高齢化とは世界の隅々にまで行渡った問題でもあるのだと、忌々しいが私の70歳を納得せざるを得ない。
高齢者の増加を単に数値表とにらめっこしても仕方のない。この数字の中には高齢者の限りない息使いが、日々、葛藤している。高齢者一人一人の吐息が社会の中で、どんな意味を持つのだろうか?視点を変えれば、増加するこの大きな数字を社会の中でどのように重要視するのか、高齢者の一人を大切にする目、人生観と社会との交わり方、高齢者自身の考え方等々を見詰め直さなければ地球が太陽系から見放されるのではないかと、こんな馬鹿げた想像をする。だが、馬鹿げていると笑っても居られない。
生涯の生甲斐を更に充実させたいと高齢者の誰もが思っているのに、満足な実感は、はたしてどうだろうかと疑問に思う。
高齢者自身の思考回路と社会の実態がマッチしない部分をどのように構築するか、増加する数字と双方の回路との100m競争、果たしてどちらが勝つか。
マラソン競争をやっていては時が追いつかないのでは?それこそ負けたら悲惨だ!
高齢者達の知恵と豊かな経験、この素晴らしい宝を大切にする気風が有れば、増加する数値と豊かさを比例させるのではないかと、日本クラブに集う人々を見ながら思うこの頃。
我等高齢者よ、社会に挑戦する創造的な回路を開発しましょうよ!
これからが我等の時代!

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